2005年4月アーカイブ

25日のぼくの誕生日に、
お祝いメッセージをくださったみなさん、
どうもありがとうございますッ☆

ここのところずっと録音をやっていて、
そうやって、
未来を描き、
そこに向かっていく中で、誕生日を迎えられたこと、
そして周りには、
みなさんやスタッフがいてくれること、
とてもしあわせだと感じています。


誕生日の夜、
マネージャー☆ナカジマから、
「今年の抱負は?」と突然たずねられ、
思わず口をついて出た言葉は、
「健康」でした。

いやほんと、
いいコンディションをキープすることが、
いかに大切なのかということを、
痛烈に学んだ1年だったからなぁ。

とにかくまずは健康に、
1年を過ごしたいものです。

そうやって考えてみても、
みなさんから届く様々なメッセージ、
メール

掲示板
にいただく感想はもちろん、
ライブの最中にいただく拍手や歌声からも、
とても大切な栄養をもらっていると感じています。

この間の《ライブ@シアターサンモール》で鳴り響いた拍手、
本当にうれしかったもんなぁ。


そんなライブを終えてから早2週間あまり。
「会いましょう」と声をかけてくださる様々な人たちと、
色々なご相談や企画の話をしながら、
これからについて考えています。
そんな毎日がとてもたのしいッ!
そして、
そこから実現可能となった空間を、
みなさんと分け合える時がくることを、
とてもたのしみにしています。
みなさん、
いつもいつもどうもありがとうッ☆

明日午後9時から、
フジテレビ系で放映される《金曜エンターテイメント》で、
ぼくともとてもゆかりの深い、
北海道別海高校のドキュメンタリーが、
2時間に渡って放送されることになりました。

2年前の《歌声プロジェクトコンサート》を取材していただいたことがきっかけとなり、
その時のスタッフが別海に移住までして完成させた番組です。
番組にはぼくは登場しませんが、
別海の人びとのあたたかさや大きさが、
きっと伝わる番組になっていると思いますので、
ぜひともご覧になってみてください。

さっきプロデューサーに、
「ついに放映おめでとうございます」と電話したら、
「太郎さんがきっかけとなってできた番組です」と言ってもらえたけど、
2年前の冬、
「自分たちの手で、感動できる何かを作り上げたい」というメールを送ってくれた、
当事別海高校に通っていたみんながいなかったら、
何もはじまっていませんでした。
だからあらためて、
みなさんどうもありがとう!


なお、
野球中継の関係で、
放送時間が最大30分遅れることがあるそうですので、
あらかじめご了承ください。

みんなのどんな素顔が観られるのか、
ぼくもとてもたのしみにしています。

高田渡さんが亡くなった。

ニュースを観ると、
「フォークソングシンガーの草分け」なんて書いてあるものが多い。
確かにそうなんだろうけど、
渡さんには、
《フォーク》と聴いてついついイメージしちゃうような、
狭くて陽当たりの悪い、
下宿にひかれた万年床の匂いはあまり感じない。

というか、
彼の場合は、
そういう匂いよりはるかに強い、
アルコール臭を感じてしまうからかもしれないけど。


はじめて渡さんと会ったのは、
もう10年くらい前になるのかな。
今はなき吉祥寺の空想料理店、
《Kuu-Kuu》で催された、
お店の開店一周年を祝うパーティーだった。

ここのオーナー南さんは、
音楽にもとても精通されていて、
パーティーでは、
常連客を前に、
おいしい料理やお酒とともに、
お店ともゆかりのある、
友部正人さんやコンポステラ、
そして渡さんが、
ライブを披露することになっていた。

南さんは当事ぼくが組んでいたユニット、
《MISTRAL》のことをとても気に入ってくださっていて、
ぼくらにも、
数曲歌うための時間を作ってくれていた。

まだライブハウスで歌いはじめたばかりだったぼくらにとって、
たくさんのお客さんだけでなく、
錚々たる先輩ミュージシャンを前に歌えるこの夜のパーティーに向けた準備には、
かなり気合が入っていた。

ぼくらの出番は、
もちろんトップだったので、
パーティーがはじまってすぐ、
楽器をケースから出し、
《戦闘準備》に入っていた。

司会者がぼくらを紹介しようとしていた時、
渡さんから「待った」がかかった。
「早く飲みたいから、先に歌わせて」

すでに別の店でも相当召し上がってから、
パーティーへとやってきたことが明白な、
この酔っ払いおやじの一言に、
ぼくらの出鼻は完全にくじかれた格好となった。

そんなこと、
まるっきりおかまいなしに、
ひょこひょことステージに登場した渡さんは、
ギターをかかえ、
ぼそぼそと、
でもとても安定した、
低い重心で歌いはじめた。

そしてその世界に、
ぼくは一瞬で撃ちのめされた。

とてもやさしい語り口なのに、
すさまじく説得力を持った言葉。
そして
ラグタイムのピアノのように、
ベースをキープしつつ、
とても華やかなアルペジオをからめて、
まるで笑っているように聴こえてくる、
彼が爪弾くギターには心が躍った。

そしてつい、
これから《晴れ舞台》だというのにもかかわらず、
思わずビールをあおり、
席から立ち上がり、
曲が終わる度に頭の上で両手を叩き、
大声で歓声を送っているぼくがいた。

いやぁ、興奮したなぁ。
あまりの盛り上りに、
渡さんはちょっと面食らったようにも見えたっけ。

歌い終わる度に微笑を浮かべ、
また次の曲のイントロを奏ではじめる渡さんだったけど、
確か3?4曲くらい歌ったところでさっさとステージを切り上げ、
《飲み》に入ってしまったと思う。


そんなわけで、
いきなり現実世界に引き戻されることになってしまったけど、
ぼくらの出番も無事終わり、
その後の盛り上りもすさまじい中、
パーティーは終演した。

パートナーのギタリスト、
杉山君といっしょにお店を後にして、
階段を上がって地上に出たところで、
ぼくらは泥酔している渡さんに呼び止められた。

「さっきあなた達がやってた曲、よかったですよ。
ちょっとギター貸してください」
ひとりでは、
立ってるのがやっとってくらい、
べろんべろんの渡さんにこう言われ、
ためらいながらおそるおそる、
ギターを渡す杉山君。

そんなことを気にとめる様子もなく、
ギターを抱え、
しゃがみこむ渡さん。

「さっきやってた曲で、
カントリーブルースっぽいのがあったでしょ?
あれはね、こんな感じで弾いた方がいいですよ。
えっと、
キーはなんでしたっけ?」
「Aです」
「あぁそう。Aね。
じゃこんな感じで」

あのとき渡さんが、
鼻歌まじりに弾いてくれたギターを、
ぼくは決して忘れない。


古い映画を観ていると、
どうしようもない飲んだくれおやじが、
楽器を手にした時だけすさまじい演奏をするなんてシーンがあるけど、
ぼくにとって渡さんのギターは、
まさにその世界を、
現実に体感させてくれるものだった。

そんなぼくの興奮など、
まるでおかまいなしで、
演奏をさっさと切り上げた渡さんは、
またふらふらと、どこかえ消えていった。


それから何度か、
渡さんのライブに遊びに行った。
一度彼の曲が、
シチューのコマーシャルに使われて、
毎日のように、
耳にする機会もあったけど、
そんなことになった時でも、
彼は終始一環して、
そのスタイルを変えてはいなかった。


もうひとつ、
彼の言葉で忘れられないものがある。

あるライブの最中、
それまで渡さんのサポートで、
ギターを弾いていたミュージシャンが、
一曲歌うことになった。

「ちょっと長い歌なんですけど聴いてください」
という彼に、
「ずっと「好きです」って歌ってるだけの歌だから、
短い内容の歌ですよ」と返した渡さん。
やっぱり単なる酔っ払いじゃなかったんだなと、
あらためて感じた強烈な言葉だった。


彼が亡くなったという記事を読んだのは、
16日のことだから、
もう荼毘に付された頃なのかなぁ。
きっとたくさんの人たちが、
お酒持参で弔問に訪れたんだろうなぁ。

渡さん、
本当にいろんなことを教えてくれて、
どうもありがとうございました。

あちらでも、
思う存分お酒を飲んで、
気が向いた時はぜひ、
ギター片手に歌ってくださいね。

心より、
ご冥福をお祈りします。?

15日の《ニュース23》にて、
より子ちゃん
の楽曲、
《忘れられた桜の木》

を、満開の桜の下で演奏してきました。

はじめてこの曲を聴いた時、
《夜に咲き誇りながら、散りゆく時を待つ桜》
というイメージが浮かびました。

桜には、
美しさやはかなさだけでなく、
どことなく、
きびしさもただよっているような気がしていたので、
番組の中で、
筑紫さんが、
「桜って、どこかこわいところもある気がしますよね」とおっしゃっていたのには、
大きくうなずいてしまいました。

そんな風に、
ぼくの中にあるこの曲のイメージとも、
ぴったりだった今回の演奏を、
とてもたのしみにしていました。

思えば、
満開の夜桜の下で、
グランドピアノの音を聴くのもはじめての経験だったけど、
より子ちゃんが弾くピアノの音は、
澄んだ空気の中をどこまでも広がっていくようで、
なんとも心地よかったなぁ。


当日は、
心配していたお天気もなんとかもってくれて、
しかも、長野の桜は、
ちょうど15日に《満開宣言》が出たそうで、
なんとも最高のタイミングでの番組となりました。

レコード会社のスタッフさんの運転する車で、
夕方の東京を出発した時はもちろん、
途中休憩で立ち寄った、
中央高速のサービスエリアも、
演奏する《高遠城址公園》に到着した時も、
気温は想像してたよりもずっと高くて、
「これなら楽勝じゃん」なんて、
余裕綽々で現地入りしたんだけど、
いざ衣装に着替え、
カメリハがはじまった頃から、
ぐんぐんぐんぐん下がりはじめ、
本番の頃には、
かなり寒い中での演奏となりました。

より子ちゃんとも、
「寒くない?」
「だいじょうぶ??」なんて言葉を頻繁に交わしつつ、
それでもちょっとした合間には、
いつものようにピアノとヴァイオリンで、
いろんな曲をセッションして遊んだりしながらの、
とてもたのしい仕事でした。

いやぁ、それにしても寒かったッ★
今回は1曲だけの演奏だから、
なんとかだいじょぶだったけど、
ひとつ前のエントリーに冗談で書いてた、
「寒さでほどよくビブラートがかかるかも」
なんてのが、
もうちょっとで現実になっちゃうくらい。

でもきっと、
ぼく以上に、
より子ちゃんは寒かったんじゃないのかな。


彼女といっしょに演奏するのは、
2月のAX以来だけど、
あの時よりさらに、
音に色気があったような気がする。

本人も、
どんどん解き放たれていってるような印象があって、
それは16日のツアーファイナルを観に行った時にも、
やっぱり強く感じました。

特にピアノの弾き語りをしてる時に、
外へ外へとあふれるエネルギーは素晴らしかった。


はじめてお会いする筑紫さんも、
本当に素敵な方でした。
本番が終わり、
こごえながら握手した時の、
彼の手のあたたかさは、
実にありがたかった。

筑紫さんの娘さんと、
うちの妹がクラスメートだったなんて話でも盛り上りました。


もうひとり、
番組に出演されていた、
諏訪中央病院の鎌田実る先生が、
ぼくのヴァイオリンをとてもよろこんでくれたのもうれしかったなぁ。


番組をご覧になってくださったみなさんからも、
いろんな感想をいただくことができました。
特に今回は、
情報メール
で、前もって、ぼくの出演をご存知だったみなさんだけでなく、
「たまたまテレビ観てたら出てきてびっくりした」なんて人からの連絡もけっこうあって、
あらためて《テレビの力》を感じました。


今回このような機会をくれた、
より子ちゃんやスタッフのみなさん、
どうもありがとうございましたッ☆


そうそう。
長野での模様は、
《Mプロ!今日も前のめりッ》
でもご覧いただけますので、
まだ観てないってみなさんは、
アクセスしてみてくださいネッ☆

明日15日放送の《ニュース23》で
《夜桜中継》に出演する
より子ちゃん
の楽曲、
《忘れられた桜の木》

にて、
ぼくも長野の公園から、ヴァイオリンを生演奏することになりました。

ただしッ!
1. 当日が晴天であること
2. 大きなニュースがないこと
が、絶対条件での On Air です。


より子ちゃんとのお天気エピソードとして、
真っ先に想い出すのは、
去年10月のイベントライブ。

台風直撃の表参道で、
《忘れられた桜の木》を演奏したっけなぁ。

そんな《前科》もあるぼくらですので、
どうかみなさん、
今晩はてるてる坊主を作り、
世界平和を祈りながら眠ってくださいネッ☆


《ラジオチャリティー・ミュージックソン》でも、
森山直太朗君とともに、
マイナス8度の札幌や、
青森駅の雪の中からの、
ヴァイオリン生演奏中継をした経験はありますが、
きっと明日の長野も、
けっこう寒いんだろうなぁ。

なんてったってテレビ、
しかも《夜桜中継》なので、
厚着で弾くわけにもいかないし。
ビブラートのかかりも、普段より小刻みになったりして。(笑)


「黙ってればそれなりに見える」と言われ続けて久しい増田太郎ですので、
明日の中継も、
存分に活用させていただきたいと思います。(笑)

何よりぼくが、
何秒画面に登場するかもたのしみに、
15日の《ニュース23》をご覧いただければと思います。


それでは、画面の向こうとこっちで、響き合えることをたのしみにしています。

《ライブ@シアターサンモール》に参加してくださったみなさん、
どうもありがとうございましたッ☆

様々な想いを胸にのぞんだ昨日のライブ、
正直、オープニングでは固さが残っていたものの、
演奏が進むにつれて、
どんどん《自分自身》に返っていくような感覚に包まれながら、
歌うことができました。

今までなら、
固さをぬぐい切れないまま、
終演を迎えてしまったり、
なんとか流れを変えたいと、
力ずくでねじ伏せようとしちゃってたと思うけど、
それとは違う、
こんな感覚ははじめての経験だったなぁ。


今回のライブを通して一番強く感じたのは、
「勝手に自分の限界を決めるな」ということ。

ものすごい勢いで過ぎていく毎日の中では、
何度も自分の未熟さや、
力不足を痛感することになって、
「もうこれが限界なんだろうな」と感じることもしょっちゅう。

それが、自分自身についてだけでなく、
みんなと作り上げるはずのライブに対してまでも、
同じように感じてしまっていたというのが正直なところでした。

でも、リハーサルがはじまって、
ミュージシャンのみんなが奏でる音に包まれたり、
本番当日、
朝早くから、
大勢のスタッフが、
会場中を走り回っている姿を見ていたら、
それだけで、
なんだか胸がいっぱいになって、
《可能性》というものを、
たくさん感じることができました。

ほんと、
勝手に限界を決めて、
可能性にもふたをしそうになっていた自分は、
周りの人たちに対して、
とても失礼なことをしてたんじゃないのかと思ったと同時に、
そんな人たちへの、
感謝の気持ちでいっぱいになりました。


もちろん会場いっぱいに集まってくれたみなさんからも、
本当にたくさんの力をもらうことができました。

特に歌い終えた時にいただいた拍手ッ☆
どんな言葉よりうれしかったです。

さっそくたくさんの感想も届いていて、
様々な角度からライブを振り返ることができ、
これまたとてもありがたいです。

まだまだたくさんのみなさんからの、
感想をお待ちしています。

いつもの
メール

掲示板
だけでなく、
今回ははじめて、
このブログのコメント機能も活用してみようかと思いますので、
ぜひとも書き込んでみてください。

もちろん自分のブログを持ってるってみなさんは、
トラックバックもよろしくですッ☆


また、
9日の《情報メール》で
「混雑が予想されますので、
5時前に会場にお来しください」と呼びかけさせていただいたにもかかわらず、
開場/開演時間が遅れてしまい、
寒い中、
お待たせすることになってしまい、
大変申し訳ありませんでした。


今回のライブでも、
たくさんの課題や反省を持ち帰ることになったけど、
そのひとつひとつと向かい合いながら、
はるか彼方にある目標に、
少しでも近づいていきたいし、
近づいていけるんじゃないかという手ごたえも、
感じられたのは大きな収穫でした。

迷いながらではあると思うけど、
目の前に広がる道を、
自分自身で《選びながら》歩いていきたいと思います。


今回このような機会を与えてくださった日本電子専門学校のみなさん、
ぼくがおかわりのお願いをする度に、
楽屋まで、紅茶を運んでくれたケータリング係をはじめ、
学生スタッフとしてかかわってくれたみなさん、
素晴らしい演奏を響かせてくれたミュージシャンのみんな、
そしてスタッフのみなさん、
本当にありがとうございました!

忙しい中、
会場に駆けつけてくださったみなさんだけでなく、
様々な場所から、
様々な力で支えてくれたみなさんにもありがとう!

今日につながるすべての人たち、
すべての出来事に、
心から感謝しています。

さぁ、まだまだ歌わせていただきますよッ♪

ーーーー

演奏曲目

1. Humming
2. ぼくらだけにわかること
3. Feel The Truth!
4. あの星の友人
5. ぼくとエルムとヴァイオリン
6. よかったね、いいな
7. デリバリー
8. ぼくの声が
9. I Believe in Music
10. 歌になりたい

アンコール
1. バラ色の薔薇
2. ぼくにはきみがいる

アンコール2
1. 花星賛歌

With 中北裕子(Perc) オオニシユウスケ(G)
田口智治(Org) 紺野紗衣(P)

2005/04/10@シアターサンモール

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